この日も清掃員として大学内に入り込んでいた柴崎は、研究室前の廊下で大林のゼミ生の一人に話しかけた。
「すみません、以前に先生に機会があったら研究室の中を清掃してくれと頼まれたんですが…」
そのゼミ生は名を山本と言った。山本は太い黒縁眼鏡をかけ、地味な服装でいかにも真面目な風体だった。
「は、はあ、そうですか、でも、僕たちでも研究室の中には勝手に入れないので…」
そう言いかけた時、柴崎はすかさず言葉をさえぎった。
「いえ、ここを開けてくださいということではないんですよ。もし、先生に頼まれて中を清掃した場合に、絶対に触れたりしてはいけないようなところがあるのかと思いまして…先生に直接お聞きするのも失礼かと思い、生徒さんなら先生のこともよくご存知かと…」
えらく、仕事熱心な人なんだな、そんなふうに思いながら山本は気楽に答えた。
「それだったら、研究室内の先生の個室にある本棚は、大事なデータや研究論文があるから、絶対に触らないように言われています」
「ありがとうございます、注意いたします」
柴崎は目の前の真面目なゼミ生に深々と頭を下げ、肩をすくめながらその場をゆっくりと立ち去った。口元にかすかな笑みを浮かべながら。
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